『現在の人工知能の身近な例』

〜AIがすべてを変える〜

AI(人工知能)記者が『文章を書く職業』を消し去る日はくるのか?どんな人でも『想像的』であればAIに負けないとは思います。

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こんにちは、AIブロガーです

AI(人工知能)が書き手やニートを消滅させるのかどうか?

 

個人的には書き手は消えない。と考えています。 

 

みなさんはどう考えていますか...?

 

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①. 人工知能が『文字を書く職業をぶち殺すのか?』

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AI(人工知能)の各企業における活用事例は多い傾向にある一方で、ワシントンポストはAI記者の進化を通じた読者増加を狙っています。

 

とはいえ、その実態は需要の少ないカテゴリーに対してのAI活用でしかなく、全ての出来事に対する人工知能の台頭ではないので、書き手側としては安心なのかなと。

 

僕としては、AI(人工知能)の進化によって相対的に人間の仕事、いわゆる単純な労働は存在価値が減少していき、私たちが生きる世界の必要性を発見し、かつ新たなに提示することができる人間が『創造的な仕事』を通じて、多大な価値を手に入れると考えています。

 

この段階での創造的な仕事とは、人々が本来的に求めているが、資本主義下における富の偏在と広範な情報の非対称性によって具体化されていない事柄を提供することです。

 

例えば、UBI(ユニバーサルベーシックインカム)がフィンランドで試験的に行われていますが、既出に私たちがBIを手に入れているなら、不動産業はほぼ存在価値を見失うでしょう。

 

さらに言えば、田舎で住みたいけど、住む場所がないからシェアハウスを作る人も、確かに人々の必要性を満たしているので、創造的な仕事をしていると言えると感じます。

 

では、想像的な仕事をしている人とはどんな人なのか?

 

と考えていたら、ニート神のPhaさんがそうなのではと感じました。

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②. 人工知能こそ、Phaさんのような『ニート神』が支えるべき!

keizokuramoto.blogspot.jp

 

上記の『使う』という動詞に釣られて読んでしまいました(バカとハサミは使いよう...的な意味なのかなと。違ってた。)

 

さて、今後の社会において必要になるのはマスコミュニティではなく、極めて少数の特定領域における人たちの集まりで、『求める人に対して"集まれる場"を作れるのは有意義な才能だな』という感覚があります。

 

僕としてはPhaさんはブロガーであって、僕は...まぁブロガーではないと感じているのだけれど、その個人が持てる知性を持って『他者が求めている本来的ななにかを提示し続けることって創造的な仕事』だと感じるのですよね。

 

規模の大小はどうあれ...経済的にそこまでのインパクトを与えないとはいえ、社会に属するひとたちに対して価値を提示するその姿勢は、やはり人間としての知性の高さを感じてしまいます。

 

そのような意味において、人が求める何かを見つけ与える事ができれば、それはAI(人工知能)にすら侵されない領域の職能になる訳です。

 

さらに一歩進んで、倉本圭造(経済思想家・経営コンサルタント)さんは、下記のように言及しています。

 

 

”「いわゆるコミュ力」的にハンデを抱えているんだけど脳内に確立した独特の回路を持っている人”を活かすスキルを、日本社会はもっと意図的に磨いていかないといけない時代なんだ

っていうことを声を大にして主張したいんですよね。そういう方向で進展していけば、ギークハウス界隈にいる人が普通に活躍できる”確率”も随分あがっていくはずだし、日本経済全体で見ても大きなイノベーション推進効果があるはず。

 

私のコンサル業のクライアントの経営者には二種類あって、「凄いまともな知性とバランス感覚がある(から倉本圭造の言ってることの価値がわかる 笑)」っていう人と、もう1つの類型は明らかにこの「小林銅蟲型」というか、「自分の脳内モジュールの演算形式が独自すぎて普通の人には理解できないが、本人にだけ見えるリアリティとの接合感覚がある(ので、”普通のアタマいいコンサル”との会話が成立しないぐらい本能的に生きている)」っていう人たちです。

後者の人たちは徹底的に形式を嫌うから、例えば無駄な資料とかも大嫌いで、いわゆる「PDCAサイクル」にあたるようなものは本質的にはその人の中でメチャクチャ常に高速回転してるんだけど、いちいちそのプロセスを「”万人に”(一応、本質をわきまえてる”少数の他人”なら理解できる程度ではあることは多いが)説明可能な形式にまとめてプレゼンして共有して、はいようござんすかお集まりのミナミナさま!ただいまわれわれは一回ここでいわゆるPDCAをまわしましたね!?・・・と一々やるような茶番」は徹底的に排除しようとする。

「そういう”問題そのもの”に粘りつくような精神」こそが日本社会が「優秀性」を発揮する時のコアにあるものなんですよね。これは「凄い異能」な人だけじゃなくて、ある種の土着的な日本の集団の良い部分として常にあるから、「知的でマトモなリーダー」なら「自分がそういう異能でなくても、そういう存在の価値をいかに引き出せるか」について考える必要がある。

そういう突出した天才だけですべてを運営できる時代ではないから、日本の会社が本当に本来の強みを発揮するには、社会のあちこちでそういう「異能者」をいかに「マトモな知性とコミュニケーションの仕組み」と協業させて価値を還流させていくかについて、真剣に対処を考える事が必要な時代になっている。

 

少し長すぎかな?。

 

とも感じていますが、AI(人工知能)の発展における人間側の選択肢として、特質的な存在、いわゆる異能を持つひとを活用する意味を提示しているので、これは面白いなと考えた上で引用しています。

 

そろそろ主題に帰りますね。

 

AI(人工知能)記者が『文章を書く職業』を消し去る日はくるのか?

 

という疑問があったのですが、書き手であれ何か他の職業であれ問題なさそうだと感じています。

  

そして、ぼくは死ぬまで楽しく生きていたいので、AI(機械)の存在は意外と厄介かなと感じていましたが、今回のPhaさんの事例からも誰かの必要性を満たす事ができる想像的な仕事が出来ていれば、問題ないと結論づけました。 

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参照 

「AI記者」の進化が、読者を増やし、ニュースルームを効率化する:『ワシントン・ポスト』|WIRED.jp (日本語)

https://www.wired.com/2017/02/robots-wrote-this-story/ (英語/原文)